現代病草紙−皮膚科の診療室より−
腫瘍は悪いものですか?
「これは腫瘍(しゅよう)です。」と言うと、びっくりされる方が多いよう
に思われます。腫瘍はガン(癌)であると勘違いされているのです。
腫瘍(皮膚の瘤<こぶ>と言ったほうが分かりやすいかもしれません)
は、大きく二つに分類されています。
その一つは良性腫瘍と呼ばれるもので、皮膚腫瘍の中ではとても
多くの種類と数が知られています。例えば皆さんがよく知っている
ほくろ、血管腫あるいは老人性のいぼなどです。それらは、少しず
つ大きくなることはありますが、原則として人体に悪影響を及ぼす
ことはありません。ほっておいても構わないのですが、発生した
部位とか大きさなどを判断して切除した方がよい場合もあります。
あるいはごく一部の良性腫瘍のなかには、長い間ほっておくと
悪いものになるものもありますから注意が必要です。
もう一つは、悪性腫瘍です。これは、癌と同義語と考えて良いで
しょう。今回は皮膚癌と言っておきましょう。癌の特徴は、ほってお
くとどんどん増殖し、周囲の組織を破壊し、さらに他の部位に転移し
ていきます。そして命にかかわってきます。
皮膚科で重要な皮膚癌には、基底細胞腫、有棘<ゆうきょく>細胞癌、
悪性黒色腫などがあり、それぞれに悪性度が大きく異なります。
基底細胞腫は、ほとんど転移はありません。有棘細胞癌は、長く
ほっておくと転移して命にかかわります。それに対して悪性
黒色腫は、すぐに転移しやすい怖い皮膚癌の一つです。皮膚癌
に関しては、いずれ詳しくお話しする機会があると思います。
最初に私は、皮膚は見えるあるいは見ることができる診療
科目であると述べました(一月号・皮膚科ってなに?)。幸いな
ことに皮膚癌は、見ることだけでも診断可能な皮膚病変なのです。
つまり、皮膚科専門医にとって多くの場合一目見ておおよその診断
ができ得る、もっと端的に言えば皮膚科専門医ならば診断できなけ
ればならない重要な皮膚病なのです。
みなさんに日頃から関心を持っていただきたいのは、癌前駆症と呼ば
れている病変についてです。癌に変わりやすい、あるいは悪性化の
初期病変と考えられています。具体的には、以前述べました紫外線
(四月号・紫外線って本当に怖いの?)によって生じた日光角化症、
やけどの後が瘢痕<はんこん>性になっている状態や放射線を
照射して変性した皮膚、白板症といって、口腔内や外陰部など
の粘膜や皮膚移行部に生ずる白色病変などが代表的な癌前駆症
とされています。
また特殊な皮膚癌で、表皮内に止<とど>まっている表皮内癌
と呼ばれているものもあります。今回詳しくは述べられませんがボーエ
ン病やページェット病などが知られています。これらの状態は、癌細胞
が表皮内にとどまっていて、基底層を破ってさらに下方(真皮内)へ落ち
たり、転移していない状態なのです。もちろんほっておけば命にかか
わってきます。しかし、適切な診断のもとですみやかに切除すれば
全く問題ない状態とも言えます。つまり癌前駆症や表皮内癌は、早期
発見がきわめて重要な皮膚の病的状態なのです。
皮膚科専門医は、腫瘍が悪性か良性か、あるいは癌前駆症か、表皮
内癌か、しっかりと診断しなければなりません。言い換えれば、そう
した訓練をいつも受けているのが皮膚科専門医です。
皮膚にわけのわからない腫瘍ができたならば、自己判断はしないで、
ぜひ皮膚科専門医で受診しましょう。そして適切な診断と治療を受け
て下さい。胃カメラなどのような苦しい思いをすることはありませんか
ら、安心して、そして気軽に相談してくださることを願っています。