“眼囲皮膚炎”という病名をつけました?
最近、眼周囲のみの“発赤”と“落屑”というやや特異な臨床をしばしば経験させられる。
そこで、平成11年10月から12年11月までおよそ1年間、同様症例の統計を試みた。その結果82名にもおよぶ多くの患者さんを確認できた(ただし、アトピ−性皮膚炎患者は除く)。
当院看護婦たちは、年齢、性別、使用化粧品、洗顔方法など十数項目にわたって詳細にその経過を聴取する作業を行った。その結果は、第39会群馬実地皮膚科医会(平成12年11月19日,前橋市)で報告させていただいた。
丁度、西山茂夫先生が「爪の診かた」と題して特別講演された時である。西山先生は、つまらない私の演題にご質問とご教授してくださった。私にとって印象深いことなので、あえて掲載させていただく。何故ならば、こ
うした“場”でなければ到底発表できない、開業医ならでの情報発信だからである。
その臨床は、眼周囲の発赤と落屑を主症状とし、その程度は様々である。平均年齢は39.3±15.8歳で、女性に圧倒的に多く(女性80名,男性
2名)、左右に皮疹が生じることが多い(82.9%) 。自覚症状は、軽度の痒みがあるか、ない場合も多い。治療は、弱ステロイド外用剤の塗布で容易に軽快し、しばらくプロペトなどのスキンケアでおおむね良好な結果を得ている。
アレルギ−性接触性皮膚炎も疑い、多くの患者で化粧品パッチテストを行ったが、すべて陰性であった。花粉の多い季節に限られているということもなく、花粉との因果関係はなさそうである。
そこで、以前『皮膚病診療』で報告した洗うという行為に焦点を絞ることにした。現在の女性は、あきらかに洗いすぎである。眼の周りの化粧が多くなると、当然のことながらその化粧を落とすという行為が伴う。ここで二つの問題が生じてくる。
一つは洗浄剤の主原料である界面活性剤の皮膚への吸着・残存である。界面活性剤はすすぎが足りない場合ばかりでなく、すすぎが十分であっても石鹸カス(水道水中に含まれるCaやMgイオンと反応してできた水に溶けない金属石鹸,scum)4)として皮膚に残存し、特に皮膚の薄い眼周囲では皮膚炎が起こ
る可能性が考えられる。比較的経験することの多い耳部・耳後部などの皮膚炎などは、洗いにくい部位のため界面活性剤が残存しやすいためではないかと、私は推測している。
石鹸などの活性剤の皮膚吸着残存量は、アルキル基の炭素数(鎖長)によって異なり、皮膚刺激性は残存量と相関するという。一般にC12,14,16,18の4種類が含まれており、C12のラウリン酸、C14のミリスチン酸に高い刺激があるらしい。
最近では石鹸の原料である牛脂が植物油(ヤシ油、パ−ム油等)に代わり、また液体、ペ−スト状のものなど泡立ちのよいものが主流になってきている。これらはC12,C14の脂肪酸が多くなっているようであり、私の推論にあてはまる事実かもしれない。
もう一つの可能性は、洗い過ぎのため、皮膚のうちで一番薄い眼周囲の皮膚のバリア−を障害することも考えられる。調査では、多くの女性はクレンジングで化粧を落とし、さらに洗顔料でしっかり洗うという。毎日のことであるから、洗い方によっては皮膚のバリア機能は破壊されてもおかしくはない。近ごろ眼の周りの化粧が入念になったので、この仮説もかなり魅力的である。
最近では、合成活性剤や添加剤による低残留性の洗浄剤が開発されてきているが、いずれにしろ、洗いすぎては意味がなくなってくるものと思われる。西山茂夫先生は、私の演題に対して「もっと診断をしっかりさせて、症例を重ねて下さい」というコメントをくださった。西山先生の「まぶたのみかた」を繙くと、まぶたの様々な病変を知ることができる。
しかしながら、今回のような眼周囲の皮疹は、洗い足りない、あるいは洗い過ぎから生じる眼の周りの皮膚炎であると、私は確信に近く思い込んでいる。その発症機序は、いわゆる「一次刺激性接触性皮膚炎」の範疇に属するものなのであろう。今でも同様な症例は、少なからず定期的に来院する。最近はいくらか情熱が薄れて、その経過を詳細に聞くことは少なくなったが、私の仮説が正しければ、多くの先生方は同じような症例を日常的に数多く経験されていることと思われる。
私は、そうした症例を“眼囲皮膚炎”と命名して、患者に説明し、前述のごとく治療している。それが本当に正しいかどうかは、多くの熟達された臨床皮膚科医の判断に委ねるしかない。
開業し、多くの患者に接して始めて経験する皮膚病変は、思いのほか沢山存在するように思われる。私たち開業医は、もっと積極的に自らの意見をいろいろな場で述べてよいのではないだろうか。
追記:本稿では、花王ヘルスケア第2研究所主任研究員 石田耕一氏より有益な情報をいただいた。ここに謝意を表する。