入浴回数と石鹸の使用状況について
(皮膚病診療4月号 360頁〜364頁、1999年に掲載)
はじめに
最近、本誌で石鹸の使用状況に関して注意を喚起するご意見を目にする。われわれも以前からその思いが強かった。真夏でも乾燥肌の学童をみるにつけ、おそらくプール、シャワー、そして夜にはプールの塩素を除去しなければならないと思っている(?)母親により、しっかりと石鹸を使用することが原因ではないかなどと想像していた次第である。しかし、ただ想像するだけではなんの解決にもならない。今回、その実態を把握する目的で、寒さが厳しく、また、もっとも大気が乾燥している2月という時期を選んで、皮膚が乾燥状態にある患者を対象とし、入浴と石鹸の使用に関していくつかの項目を質問させていただいた。その結果、非常に興味のある知見を得たので、報告させていただく。
対象と方法
1998年2月に、はっとり皮膚科医院を受診した患者を対象とした。対象患者は今回は、皮膚がなんらかの乾燥状態にある患者で、無作為に選んで以下の質問を試みた。
質問は、1)年齢と性別、2)入浴頻度、3)石鹸の使用頻度およびその種類、4)石鹸を使用する際の用具、5)石鹸をゴシゴシ使用しているか否かの計5項目について行った。
なお年齢層に関しては、便宜的に0〜2歳までの乳児期、3〜6歳までの幼児期、7〜12歳までの小学生期、13〜18歳までの中・高校生期、19〜39歳までの青年期、40〜69歳までの成人期、70歳以上の老年期の7期に分けて検討した。
3)の石鹸の種類に関しては、今回は液体石鹸(ボディーシャンプー)あるいは固形石鹸のどちらを使用しているかだけを質問した。
4)の石鹸を使用する際の用具に関しては、種類が多くむずかしい点はあるが、@ナイロンタオル類、A浴用タオル、Bスポンジ、C手のみで洗う場合、Dガーゼ、Eその他特殊なもの(軽石やブラシなど)に分けて質問した。
結果
患者数と性別
1998年2月に調査することができた患者数は512人であった。その内訳は女性290人、男性222人であった。
年齢分布
0〜2歳;51人(10.0%)、3〜6歳;105人(20.5%)、 7〜12歳;59人(11.5%)、13〜18歳;38人(7.4%)、19〜39歳;137人(26.8%)、40〜69歳;95人(18.5%)、70歳以上;27人(5.3%)であった。
入浴回数
毎日入浴している人は、全体で470人(91.8%)、そのうち1日2回以上は9人(1.9%)であった。2日に1回入浴する人は33人(6.4%)、3日に1回の人は5人(1.0%)、適当に入浴する人は4人(0.8%)であった。このうち毎日入浴する人の比率を各年代別でみると図2のごとくになり、老年期を除いて、各年代ともにほぼ(93.8%)毎日入浴している傾向が認められた。
石鹸の種類
主に固形石鹸を使用している人は287人(56.0%)、液体石鹸を使用している人が198人(38.7%)、両者を使用している人は21人(4.1%)、なにも使用しない人が6人(1.2%)であった。液体石鹸に関しては、両者を使用している人も含めると42.8%であった。(図3)。
石鹸を使用する際の用具
ナイロンタオル類;173人(33.8%)、浴用タオル;142人(27.7%)、スポンジ;98人(19.1%)、手のみ;64人(12.5%)、ガーゼ;25人(4.9%)、その他;10人;(2.0%)であった(図4)。このうち、ナイロンタオル類は青年から成人期女性にその使用が多く認められる傾向を示した。浴用タオルに関しては、昔から存在するものでもあり、比較的高齢者にその使用頻度が高い傾向であった。スポンジに関しては、どちらかというと若年層で使用頻度が高いようである。手のみに関しては、青年〜成人期では少なく、乳幼児期と老年期にその使用頻度が高い傾向であった。ガーゼは、0〜2歳の乳幼児などに限定して認められた。
洗い方
患者の申告に基づいて洗い方をみると、申告のあった482人中、比較的ゴシゴシ洗うもの272人(56.4%)、軽く洗うもの210人(43.6%)とに分けられた。今回、ナイロンタオルを使用しているものは、その機能・性状から比較的ゴシゴシ洗うものの中に含めた。各年代別にみると、ことに青年〜成人期の女性にゴシゴシ洗う傾向を認めることができた。(図10)
考察
1865年、偉大な考古学者であったシュリーマンは日本に逗留した際、日本人は清潔好きで毎日風呂に入ることに驚嘆したと記載している。当時のヨーロッパせは冷水で体を拭くか、寝るときに足を洗う習慣はあったが、風呂に入るのはせいぜい1年に1回。日本人の風呂好きは湿度の高い気候の故だと理解したという。こうした歴史的な背景を鑑みれば、現在の日本人も清潔好きであることになんら変わりはないと思われる。
今回の検索で、現代においても老年の方を除いて、ほとんど全員に近い人がほぼ毎日入浴する習慣のあることが確認できた。その際ほとんどの人たちは、バスタブに浸かり、そして基本的には石鹸を使用している。とくに若い女性では、肌をナイロンタオルのようなものでしっかりと洗うことが肌をきれいにするという錯覚をもっている人が多いのには驚かされてしまった。つまり、バイキンやホコリが肌についたままにしておくのは、肌によくないというきわめて単純な発想なのである。この背景には、テレビ等のマスコミの影響が大きく介在しているように思われる。その一つの証左として、最近市場に出たばかりといってよい液体石鹸が、すでに40%以上の頻度で使用されていることからも推定できるように思われる。
また、皮膚の乾燥状態にある人たちは、程度の差はあれ、おおむね痒みを伴っている場合が多い。そのためナイロンタオルなどで肌を洗うことに快感を感じており、肌にはよくないと思いながらも、石鹸とともにゴシゴシ擦る傾向も確認できた。その結果として、皮膚表面の脱脂、角質層の破壊をきたし、皮膚の乾燥傾向がますます増悪する現象を招いているともいえる。
今回の検索での一般的な傾向としては、まだおむつのとれない乳児期では、毎日入浴させても、ガーゼや手などで柔らかく洗ってあげているようであった。逆に、青年〜成人期の女性はナイロンタオルなどの用具を使用してしっかりと洗う傾向がみられた。そして老年になると比較的入浴回数も石鹸の使用頻度も少なくなり、またその使い方も軽く使用している傾向がうかがわれた。
若い女性の石鹸をしっかりと使用するという発想および行動は、次の世代の子供たちにも同様の習慣を植えつけるといった意味から、重大な問題を孕んでいるように思われる。また、液体石鹸は固形石鹸に比べ、洗い流しにくいとともにその使用量が多くなる傾向があり、環境汚染の面からも考慮しなければならない問題と思われる。
われわれは一つの試みとして、乾燥性皮膚を有している患者の場合、“石鹸は普通の固形石鹸を使用して、手で軽く洗ってごらんなさい”と指示することを実施している。その結果、患者自身が納得できる程度に皮膚の乾燥がかなり軽減する症例を数多く認めている。
私の経験した範囲では、戦後まもなくからしばらくの間、入浴はやや贅沢なそして貴重な生活習慣であったように思われる。なぜならお風呂はその昔、薪や石炭を用いて沸かすため、手間隙のかかったものであったからである。また、お風呂のない家庭もあり、多くの人たちは銭湯を利用してしたように記憶している。つまり必然的に2月などの寒い時期には、今のように頻回には入浴していなかったといえる。実はそのことが皮膚の乾燥を防ぎ、適当な潤いを与えてくれていたであろうと推察される。その後、生活が急速に文化的になるにつれ、私たちはかつて知っていた習慣を大きく変化させてしまった。便利さや清潔さは、決して悪いことではないが、いき過ぎた行為は、今やもう一度考え直す時期にきているように思えてならない。まさに、入浴と石鹸の使用に関する問題が、その一つの具体的な事実であると思われる。
今後、石鹸の種類、シャンプーの問題、入浴剤、正常な皮膚の人や夏期における石鹸の使用状況等、さらに検討を続ける予定である。