時々老人ホームに往診に出かけることがあります。お元気なお年寄りの方といろいろなお話をす るのはたいへん楽しいことです。けれども、寝たきりになっておられるお年寄りもいらっしゃい ます。仕方のないことなのでしょうが、とても残念なことだと思います。 そうした老人ホームで特に問題になる皮膚疾患がいくつかあります。その中で皆さんに最も関心 があるのは、「疥癬(かいせん)」と「褥瘡(じょくそう)」だと思われます。 今回はその二つの疾患にスポットを当ててみたいと思います。 Q:「疥癬」の原因はなんですか。また、どんな症状になるのでしょうか? 疥癬は、疥癬虫、別名ヒゼンダニと呼ばれるダニが皮膚の角層内に寄生する 皮膚疾患です。とても痒く、特に夜間に激しくなる傾向があり、夜も眠れな いことがしばしばあります。 その最初の症状は、臍を中心とする腹部、大腿部などにパラパラと見られる 紅色の小丘疹や小水疱なのですが、次第に陰部や腋窩などに集まって、小結 節を生じてくることが特徴です。さらに指間に「疥癬トンネル」と呼ばれる 特有の皮疹を生じてきます。「疥癬トンネル」とは、雌の疥癬虫が産卵のた めに皮膚の角層内を掘り進んだあとで、皮膚の表面からわずかに隆起した線 状皮疹として認められます。この先端に交尾する雄の成虫が潜んでいるので す。 初期の皮疹ではなかなか疥癬の診断は難しく、今お話しましたように腋窩や 陰部に小結節が生じたり、指間に特有の線状の発疹が見られ、激烈な痒みが 伴った場合、疥癬を疑ってみる必要があります。 そうした丘疹や小結節を削って顕微鏡で調べると、虫体(図1)、幼虫、卵 などを容易に見つけることが出来ます。
Q:疥癬は伝染しますか?伝染するとなるとどんな注意が必要でしょうか? 疥癬は伝染性の皮膚疾患の代表的なものです。老人ホームのように一か所に 多くの方がいらっしゃるところでは、疥癬が多発しやすいともいえます。で すから老人ホームなどで、どなたかが疥癬に罹ったら、出来るだけ早い適切 な処置が必要になってくる訳です。しかしながら、ただちに疥癬の患者さん を個室に隔離するなどして、慌てて処置する必要はありません。 というのは、疥癬は他人に伝染しても、雄と雌の交尾がなければそれ以上増 えませんし、また健康な人では、石鹸で洗う程度で簡単に落ちてしまいます。 また、疥癬虫は人体から離れると、好適な温度、湿度がないかぎり、比較的 短時間で死滅しますから、シーツや肌着の洗濯や寝具の日干しに注意するこ となどで十分なのです。殺虫剤などの室内散布の必要は全くないといってよ いのです。 看護婦さんなど医療従事者の方で疥癬の感染をとても心配している人がいま すが、例え疥癬に感染しても、清潔にする心掛けさえあれば、すぐに疥癬虫 はいなくなりますから、それほど神経質になることはありません。 治療は、安息香酸ベンジル、クロタミトンあるいはγ−BHCなどの殺ダニ 剤の使用で、通常は比較的速やかに軽快します。皮膚科の医師に相談して、 適当な薬剤を使用して下さい。その際、疥癬虫は体のどこにいるか特定出来 ませんから、全身くまなく塗布することが特に大切なことです。薬剤が口や 眼に入らないように十分注意して下さい。 よく硫黄剤の沐浴が有効とされていますが、むしろ時に硫黄による皮膚炎を 引き起こす場合があり、またお風呂を傷めますから、特に使用する必要はな いと思います。 なお、疥癬の感染から発症までにはおよそ1か月間程の比較的長い潜伏期間 があるとされていますので、症状がなくとも、感染の可能性のある共同生活 者の定期的な治療が必要になってくる場合もあります。
Q:わかりました。それでは次の話題ですが、「褥瘡」はどうして起こる のですか? 長い間、病床に付していると腰部や背中、肩、かかとなどの骨があたりやす い部分に圧迫が加わります。その圧迫のため組織の循環障害が生じ、栄養障 害のため、ついにはその部分の皮膚が死んでしまいます。これが「褥瘡」と 呼ばれているものなのです。「床ずれ」といった方が分かりやすいと思いま すので以下、床ずれという言葉で説明します。寝たきりの状態になると、数 日で床ずれを起こす人もいます。ほっておくと感染症を起こしたりしてひど くなってしまい、簡単には治せなくなってしまいますから予防がとても大切 な病気です。
Q:それでは、褥瘡(床ずれ)の予防で大切なことを教えて下さい。 まず大切なことは、同じ部位に圧迫がかからないように、少なくとも2〜3 時間おきに姿勢を変えてあげるとよいでしょう。姿勢は「仰向け」、「左向 き」、「右向き」の3つを適当に順番に変えていきますが、いずれの姿勢で も自然で楽な状態を心掛けて下さい。 次に、病人の体を清潔に保つことも大切です。姿勢を変える時にぬるま湯や 濡れタオルなどで体を拭いてあげるとよいでしょう。その際、血行を良くす るように、特に圧迫の強い部分をマッサージしてあげるとより効果的です。 床ずれの最大の原因は、先程言いましたように局所の血行障害ですから、マ ッサージはとても有効なのです。 それでもなかなか一定の部位の圧迫を取ることは難しいことが多いのが現状 です。そんな場合、圧迫の強い場所に円座やスポンジなどの補助具を使用し てあげるとより効果的です。市販品もありますが、バスタオルなどで簡単に つくれますから試してみたら如何でしょう。図2・3は東海大学の大城戸宗 男教授が書かれた「床ずれのできやすい部分と円座をあてる位置」そして 「円座のつくり方」を示したものです。参考にして下さい。 こうした床ずれの治療は、長期間にわたることが多く、とても大変なことで す。数年前、私はある90歳を過ぎたお年寄りを往診する機会がありました。 寝たきりで、腰には大きな床ずれがあり、悪臭を伴い、骨まで見えるといっ たひどい状態でした。しかし、家族の方は必死になってその床ずれを治そう と努力されました。そして数ヵ月後そのひどい床ずれは、私の予想に反して きれいに治ってしまったのです。その時、床ずれを治す最も大切なことは、 病人の世話をする家族の愛情や思いやりだとつくづく実感させられました。 私にとって今でもそのことがとても感動的なこととして思い出されます。 床ずれの治療に関しては、いろいろな方法があります。なかなか治らない場 合は勿論専門医の治療が必要になってきます。一般的には全身状態が悪くな ると、床ずれも悪化してきます。手に負えない床ずれの患者さんがいらした ら、遠慮なく皮膚科や外科の先生に相談してみて下さい。 これから高齢化社会を迎えるにあたって床ずれの治療はますます重要な課題 になってくるものと思われます。また、より有効な予防法や治療法も確立さ れてくると思われます。
<実年からの月刊誌「みーつけた」1995年2月号掲載>