薬疹について


年齢とともに、様々な病気にかかることが多くなります。そのために、病院や医院からいろいろ
な種類の薬が処方され、いつのまにか薬を飲む機会が多くなってきます。
もちろん、薬(薬剤)は病気を治したり、悪化させないために服用するわけですが、場合によっ
ては人体に悪影響を及ぼすこともないとは言えません。
今回は、薬を服用して、主に、皮膚に発疹を起こす「薬疹(やくしん)」についてお話しましょう。

Q:薬疹にはいつも関心があるのですが、特有の発疹があるのでしょうか?

まず、薬疹の定義からお話しますと、薬疹とは、投与された薬剤に対する、生
体にとって不都合な反応が皮膚に表現されたものとされています。薬剤による
不都合な反応は、実を言いますと皮膚ばかりでなく、いろいろなところで起こ
ります。皮膚で起こる場合は、誰にでも見えるわけですから一番分かりやすい
と言えます。それに、もし薬疹が特有の発疹を生ずるなら、とても良い指標と
なるはずです。

1987年の横浜市大の統計によりますと、最も多い薬疹の発疹型は、赤く小
さく盛り上がったブツブツ(正式には丘疹と呼んでいます)がほぼ全身に生ず
る「紅斑丘疹型」です。次いで、いろいろな形の赤み(紅斑)が生ずる「多型
紅斑型」、全身が均等に赤くなる「紅皮症型」、そして前回お話した膨疹(み
みずばれ)」の生ずる「蕁麻疹型」といったものが多いと報告されています。
つまり、薬疹の際生ずる発疹は多種多様で、特有の発疹は比較的少ないと言え
るわけです。ですから、皮膚に生ずる発疹から薬疹かどうかを診断することは
とても難しいことが多いようです。

しかし、薬疹は、おおむね全身、あるいはかなり広い範囲で生じてくる傾向が
あります。さらに、基本的に左右対称性に生じてくることが特徴です。
つまり、ある薬を飲んでいて、全身にそして、左右対称性に発疹が起きたら、
薬疹を疑ってみてもよいというわけです。(図1)
もちろん、特殊なタイプの、明らかに薬疹と診断できる発疹も、ごく少数です
がみられます。代表的なものに、昔、非常によく見られた「固定薬疹型」と呼
ばれているものがあります。口の周囲や手足に境界が鮮明な円形の紅斑が生じ
てくるものです(図2)。あるいは、稀ですが、全身の皮膚がべろりとむける
「ライエル型」といった重症な薬疹もあります。その他にもいろいろな薬疹の
発疹型が認められています。

                


Q:友人が先日ある薬を初めて飲んで、突然全身に赤いものが出来、痒いと言
いました。薬疹と考えてよいでしょうか。

一般的に、初めて飲んだ薬の場合、ほとんど薬疹ではないと言ってもよいと思
います。と言いますのは、薬疹を生じる原因として、アレルギーが関与してい
る場合が多いのですが、その際、以前に同じ薬を飲んだか、あるいは現在服用
していて、その薬がその人にとって薬疹のような良くない反応を起こすことを
認識する過程(専門用語で感作(かんさ)されると言っています)が必要なの
です。
この感作される、つまりある薬物が生体に良くないと認識される期間は、薬剤
の種類や年齢によって違うことが分かっています。一般的には、風邪などのよ
うな急性の炎症性疾患で使用する薬剤ではその感作される期間は、4日から2
週間前後と短く、高血圧などの慢性疾患で使用される薬剤は長くなるとされて
います。
ですから、今回のように初めて飲んだ薬の場合は、薬疹ではなく、別な疾患を
考えた方がよいでしょう。例えば、ウイルスなどによって生ずる全身性の発疹
症などがあげられます。


Q:現在沢山の薬剤がありますが、その中で発疹を起こしやすいものはありま
すか?

昔に比べ、現在はとても沢山の薬剤が開発されました。それにしたがって、そ
れらの薬剤のすべては薬疹を引き起こす可能性があると言っても過言ではあり
ません。しかしながら、その中でも比較的薬疹を起こしやすい薬剤は確かに存
在します。
統計的に見て最も多い薬疹の原因薬剤は、抗生物質などの抗菌剤だと言われて
います。次いで消炎鎮痛剤、高血圧治療剤、抗腫瘍剤などが薬疹を起こしやす
いようです。
昔はピリン系の薬剤がとても多かったのですが、現在ではほとんど見ることは
ありません。時代とともに、薬疹を起こしやすい薬剤は淘汰されているのです
。製薬会社も医師も出来るだけ薬疹を起こさないように注意しながら薬剤を製
造し、使用しています。しかしながら、今回の死者を出したソリブジンの事件
は大変残念なことだったと思います。


Q:それでは、お年寄りでの薬疹の特徴はありますか?

全体的には、ここ20年間、薬疹の患者さんの増加傾向は認められていないとい
う報告があります。しかしながら、最近のいろいろな統計を見ますと、60歳以
上のお年寄りの薬疹の患者さんはとても多くなっているようです。ある施設で
は、薬疹全体の60歳以上の占める割合はおよそ30%以上にも及び、年々増加傾
向にあると報告されています。
なぜお年寄りに薬疹が多いかは、高齢化するほど薬を飲む機会と投薬数が増え
るためと説明されています。確かに、年齢とともに高血圧や糖尿病などの成人
病のために薬を飲む必要性が増してきます。さらに、年齢とともに薬剤に対す
る反応性が違ってくる、つまり、若い人より薬疹が出やすいことも考えられて
います。
お年寄りの薬疹の皮膚症状は、若い人のものとはやや異なっていることも、最
近分かってきました。お年寄りに特に多い薬疹の臨床型は、「苔癬(たいせん)
型」と「光線過敏型」と呼ばれているものです。苔癬型とは、説明が難しいの
ですが、手背部などに多角形で、表面にやや光沢のある小丘疹が集簇性または
散在性に認められるものです。光線過敏型は文字通り、日光によって日光露出
部を中心にして発疹を起こすタイプです。
こうしたお年寄りの特殊な薬疹は、高血圧の治療薬や脳代謝を促進させる薬あ
るいは血管を拡張させる薬を長く服用しているうちに生じてくることが多いよ
うです。
多くの場合、薬を飲んでから1か月以上服用してから発疹してきます。先程の、
薬剤によって「感作」されるとはこのことなのです。
よく「この薬は長く飲んでいるから大丈夫です」とおっしゃる患者さ
んがいますが、実は長く飲んで初めて薬疹が生ずる場合が、特にお年寄りの場
合には多いのです。ことに、今述べた「苔癬型」や「光線過敏型」の薬疹はそ
の典型例とも言えます。

Q:薬疹にかかったかなと不安になったらどうすればよいでしょうか。また、
どんなことに注意したらよいでしょうか?

まず、薬を服用中に皮膚に発疹ができたからといって、薬疹だと思って、すぐ
に薬を止めないでください。いろいろな病気で医師が処方した薬剤は、あなた
方にとってとても大切なものなのです。高血圧の薬を止めれば血圧が上がるで
しょうし、糖尿病の薬は血糖を上げてしまい、大変なことになるかもしれませ
ん。とにかく、そんな時には、まずかかりつけの医師に相談してみて下さい。
薬疹が疑われた場合は、恐らく、全く別の同じような効果を持った薬に変更し
てくれるはずです。場合によっては、精査のために皮膚科に紹介してくれるか
もしれません。
是非覚えておいて頂きたいことは、1度薬疹を起こした薬は2度と服用出来な
いことです。同じ薬を飲めば飲むほど、薬疹の症状は強く、激しくなってきま
す。場合によっては命取りにもなります。
そうした原因薬剤は、カード等に書き込んでもらい、保険証や財布などに入れ
ておいたらいかがでしょうか。もちろん、他の病院にかかる時それを見せるの
です。
繰り返しますが、私達医師は出来るだけ薬疹を起こさないような薬の使い方を
しています。それでも、ごくごく一部の方ですが、現在の医療では薬疹の発生
を防ぐことは出来ません。とても残念なことです。そんな時にすぐに相談出来
るかかりつけの医師を見つけておくことは、とても大切なことだと思います。