皮膚疾患がある患者の入浴のポイント
1.はじめに |
入浴はからだを清潔に保つことに加え、体を温め、心身をリラックスさせ、疲れをとるなどの目的で日常生活の中で欠かせないものとなっている。しかしながら、誤った入浴方法、洗浄方法により入浴による皮膚の障害がクローズアップされてきている。
気象条件、生活環境、皮膚素因にもよるが、健康な人でさえ皮膚が乾燥状態になり、バリア機能まで障害を受ける状態になることもある。また現在では入浴を制限するような皮膚疾患はまれであるが、実際にアトピー性皮膚炎、皮脂欠乏性湿疹等の乾燥性皮膚疾患患者では、入浴後に乾燥症状の悪化や、掻痒感の増強がみられる。
このような状況下、皮膚科医は清潔の保持、乾燥からの防御といったスキンケアの観点から、皮膚に優しい入浴方法、洗浄方法を理解し、患者に指導することが重要である。
2.入浴による皮膚の変化 |
皮膚は角層の水分保持機能及びバリア機能により、柔軟性やうるおいが保たれており、外部からの刺激から守る働きをしている。これらの機能は、皮脂膜、角層細胞中にある天然保湿因子(NMF)及び角層細胞間脂質によってコントロールされている。
入浴、洗浄により、皮脂膜は容易に除去されるが、皮脂腺由来の皮脂は比較的短時間で回復するために、問題となることはほとんどない。しかしながら、入浴時には角層が水和により著しく膨潤しており、また洗浄剤中の界面活性剤により角層タンパクが変性を受け、角層中のNMFや細胞間脂質が失われる。その結果、角層の水分保持機能が低下し、入浴後には過乾燥になり(図1)、皮膚乾燥落屑変化を生じるようになる。この皮膚乾燥落屑変化は、初期では軽度で炎症反応をほとんど伴わず、角層上層の変化に限局しているが、慢性化し、蓄積すると細胞間脂質の溶出も進行し、角層バリア機能が維持できなくなり、炎症性の皮膚一次刺激反応を生じるようになる。
3.入浴と入浴剤について |
日本人の好む浴温度は季節によって異なるが、おおよそ40〜42℃である。冬場では高温浴の傾向があるが、皮脂、NMF、細胞間脂質の溶出が生じ易くなり、また熱刺激により痒みが生じる場合がある。乾燥性皮膚疾患患者や生理的な乾皮症が生じる新生児、乳幼児や高齢者では注意を要する。特に高齢者では高温浴を好む傾向にあり、皮膚のみではなく、血圧の変動、自律神経の反応、血液粘度・線溶系の変化などを考慮しても40℃以下の微温浴が望ましい。また新生児や乳幼児の皮膚は、基本的構造は成人と大きく異なることはないが成長過程にあり、成人に比較して角層は環境の影響を受け易くからだも小さいことも考慮して、より低温での入浴が望ましいが、諸外国では34℃くらいが勧められているようである。
最近では38℃前後の微温浴が皮膚には良いとされている。微温浴では高温浴より体の芯まで充分に熱が運ばれてよく温まり、疲れも取れ易くなる。しかし、浴槽に浸かる時間が長くなり、中には30分から1時間ということもあり、肌をふやけさせないように注意を要する。また夏場は1日に何回も入浴しがちですが、入浴回数を減らし、シャワーにすることも勧めたい。
入浴剤の使用については賛否両論あるようである。入浴により痒みが生じ易い場合には血行を促進し、温浴効果を高めるような入浴剤の使用を避けるべきであるが、スキンケアタイプの入浴剤は皮膚の乾燥防止に有効であると考える。スキンケアタイプの入浴剤には保湿成分が配合されており、入浴中に皮膚からのNMFや細胞間脂質の溶出を抑制するとともに、膨潤した皮膚では保湿成分が容易に角層内に吸収され、入浴後の過乾燥を抑える作用がある。また保湿成分の他に抗炎症剤などを配合した入浴剤を用い、アトピー性皮膚炎など乾燥性皮膚疾患に対する効果も多数報告されている。
4.洗浄方法について |
日常生活において、皮膚表面には皮脂、汗、垢などの内因性汚れの他に埃、泥、スモッグ、細菌などの外因性汚れが存在している。そのまま放置していても皮膚病になることはほとんどないが、アトピー性皮膚炎などでは悪化の原因になることも考えられる。水やお湯である程度落とすことができるが、皮脂などの油性成分を洗浄するには洗浄剤が必要となる。
皮膚に悪影響を及ぼさないように洗浄するには、洗浄剤をよく泡立てて、優しい洗浄道具でゴシゴシ擦らずに洗い、よくすすぐことが重要である。日本では洗浄剤として、石鹸(脂肪酸塩)が主に用いられており、古くから使用されてきた実績からみても安全性に問題はないと考えられる。むしろ、ゴシゴシ擦ったりすることをせず、皮膚に優しい道具あるいは手で優しく洗うこと、清潔思想の増長過度の洗浄を避けることが重要である。しかし、乾燥性皮膚疾患患者や皮膚が乾燥しがちな方には、一般の洗浄剤に代えて低刺激洗浄剤を用いることが必要であろう。
洗浄剤に関しては、“普通の固形石鹸を用いるのが良い”とか“液体ボディシャンプーは良くない”というような意見がよく見受けられるが、その詳細はあまり知られていないのが現状である。一般に、石鹸といえば固形の洗浄剤と考えられているが、これは昔から使われてきたものが石鹸成分でできた固形状のものしかなかったことによるものと思われる。現在では、固形でも合成界面活性剤のものがあり、液体状のものでも、石鹸成分で作られているものが多いことに注意が必要である。また、液体ボディシャンプーでは使用する界面活性剤量が多くなると言われているようであるが、洗浄時の界面活性剤濃度は、固形石鹸で約3.0%、液体ボディシャンプーで約1.5%(ポンプ2押し分)である。
最近の低刺激洗浄剤の重要な技術を表1に示した。洗浄の皮膚への影響を考えた場合に、洗浄成分である界面活性剤の技術がもっとも重要であろう。石鹸成分に関しては、脂肪酸組成や対イオンの選択などが行われている。一方、最近では数種の低刺激な合成界面活性剤(表2)が開発され使用されている。これらは石鹸成分に比較して皮膚への浸透残留性が非常に低く、さらに石鹸成分の場合に水道水中のCa、Mgイオンと結合して生じる水不溶性の石鹸カス(スカム)の生成が少なく、皮膚への吸着も少ないことが示されている。さらに洗浄力を調整したり、皮膚表面のみを洗浄するといった選択洗浄を目的として補助的な界面活性剤との複合使用も可能である。また、さらなる低皮膚刺激性を目指して、これらの合成界面活性剤を用いて、石鹸成分では不可能である弱酸性基剤の洗浄剤が検討され、角層タンパク変性や細胞間脂質構造への影響、水分保持機能やバリア機能の変化などの面での有用性が多数報告されている。
現在、固形、液体を問わず、石鹸成分のボディ洗浄剤が概算で約80%を占めている状況である。しかし合成界面活性剤を使用した低刺激性弱酸性洗浄剤も上市されており、特にアトピー性皮膚炎や皮脂欠乏性湿疹などの乾燥性疾患患者にはこれらの使用を勧めたい。
5.おわりに |
日本人は風呂好きであり、また洗い好きでもある。ぜひ正しい入浴方法や洗浄方法を理解し、皮膚をいたわってバスタイムを楽しみたいものである。また入浴によるスキンケアは皮膚へのダメージを少なくすることが目的なので、入浴後には、潤っている皮膚が乾燥しない15分くらいのうちにクリームや乳液で保湿ケアを行うことを忘れてはならない。
6.参考文献 |
岩瀬範和ほか:入浴剤の効能,皮膚病診療,21,655-662(1999)
服部瑛ほか:低刺激洗浄剤へのアンケート調査,皮膚病診療,26,494-498(2004)
スキンケア−洗顔,入浴について−,皮膚病診療,26,907-916(2004)
私の洗顔・入浴指導,皮膚病診療,26,1173-1184(2004)
スキンケア−洗顔,入浴について−,皮膚病診療,26,1429-1439(2004)
図1:皮膚病診療,21,655-662(1999)の図1
表1:服部瑛ほか:低刺激洗浄剤へのアンケート調査,皮膚病診療,26,494-498(2004)の表3
表2:別紙