低刺激洗浄剤へのアンケート調査
  

服部 瑛・田村多繪子


    はじめに

 最近、低刺激あるいは敏感肌用洗浄剤への関心が高まってきているように思われる1)。もしそれらの洗浄剤が有用ならば、アトピー性皮膚炎や乳児湿疹などの患者さんにとっては朗報であろう。なぜならば、適切な洗浄剤は、皮膚症状悪化原因の除去、あるいは治療の際の補助になり得るからである。
 そんな折、“眼囲皮膚炎”を報告2)させていただいた。洗浄剤との関連性を推測したその報告に対して秋葉弘先生(仙台市)から、それではどんな洗浄剤を使用すればよいのかという難しい質問3)を頂戴した。
 返答に躊躇したが、それならば実際に何が低刺激なのか調べるよい機会だとも思った。秋葉先生には、その旨をご了解いただいて、早速低刺激洗浄剤のアンケート調査を行った。
 低刺激洗浄剤を製造している各会社は、概ね好意的に私たちのアンケート調査に協力してくれた。そして、意外にも知らない多くの低刺激洗浄剤に関する実態を知ることができた。
 多くの皮膚科医は、皮膚疾患の診断・治療が主たる職務ではあるが、患者さんが疑問に思う、それ以外のことにも精通していなければならない。昔から使われてきた石鹸や最近のボディシャンプーなどの洗浄剤もその範疇に入るものと思われる。
 今回そうした経緯を踏えて、低刺激洗浄剤のアンケート調査の結果の概要を述べさせていただく。

対象 

低刺激洗浄剤で知名度の高い20社を選び(表1)、2003年3月から4月にかけて、低刺激の身体洗浄料に関して、
1)コンセプト
2)アイテム
3)低刺激化技術
4)処方設計(成分)

5)皮膚への影響
6)皮膚科での推薦
7)ベビー用洗浄剤
8)その他
の8項目についてのアンケート用紙を送り、回答を求めた。4月末日までに18社から回答、遅れて2社から報告があり、結果的には全社からの回答を得ることができた。それらの記載は各社まちまちだったので、不十分な部分などを、製品パンフレット、インターネット、論文等を参照して調査・集計を行った。
  
結果

調査対象の洗浄剤はアンケートを行った
20全社で、30ブランド、55アイテムに及んだ。
洗浄剤は主に用いられている界面活性剤および剤型により分類される。
 界面活性剤による分類では、
1)石鹸、
2)合成界面活性剤(Synthetic Detergent)を略したシンデット、
3)石鹸とシンデットを混ぜたコンビネーションに分けられる。
剤型による分類では、
1)固形状、
2)液体状、
3)泡状(ポンプフォーマ使用)の3種類がある。
 実際によく使われている界面活性剤を表2に示した。石鹸は、椰子油などの油脂原料から得られる脂肪酸のアルカリ金属塩である。合成界面活性剤には、よく使用されている代表的なものとして、アルキルエーテル硫酸塩(AES)、モノアルキルリン酸塩(MAP)、アシルグルタミン酸塩(AGS)、アルキルイセチオン酸塩(SCI)、アシルメチルタウリン酸塩(AMT)などが挙げられる。
 それら界面活性剤と剤型との関係をみると、石鹸には固形タイプが多く(固形石鹸)、シンデットおよびコンビネーションでは液体タイプが多かった。また、少数ではあるが、シンデットおよびコンビネーションで泡タイプもあり、ほとんどがベビー用のものであった。
低刺激化技術に関しては、さまざまな工夫を凝らしていたが、大別して
1)不必要な成分の除去、
2)原料厳選、
3)界面活性剤の工夫、
4)添加剤(保湿剤・油剤)、
5)弱酸性基剤
の5つに分類され、それらを組み合わせて低刺激化が試みられていた。 ほとんどの製品に共通して、不必要な成分、たとえば香料、着色料、防腐剤、鉱物油などが除去されており、使用する原料に関しては、界面活性剤も含めて、パッチテストにより非刺激性が確認された原料や高純度原料を用いる方向にあった。
 界面活性剤に関する技術は、石鹸成分とシンデット成分で異なっていた。石鹸成分では、100%石鹸成分(脂肪酸塩)であるため、その原料に由来する脂肪酸組成や対イオンの工夫がなされていた。一方シンデット成分では、界面活性剤そのものが低刺激化されており、さらに複数使用することにより洗浄力を調整するとともに選択洗浄性を有するように設計されているものもあった。
 添加剤としては、保湿剤や油剤、その他のエキスなど、スキンケア剤に使用される成分が含まれていた。
 弱酸性基剤は、そのpHが皮膚表面と同じであることを目的としているが、シンデット成分を用いた洗浄剤に限られており、従来の脂肪酸塩である石鹸は、すべてpH9から
10のアルカリ性であった。ちなみに今回調べた低刺激洗浄剤では、数多くの弱酸性洗浄剤が発売されていた。

考察

以前著者らは、夏期と冬期における入浴回数と石鹸の使用状況を調べた結果を本誌に報告した4,5)。その結果、ことに群馬県においては毎日入浴する人たちが多く、またしっかり洗浄している実態を知るに及んだ。
 ほぼ同時に報告された東京と沖縄では多少趣を異にしていた。東京では調査対象が青年と高齢者が主体だったためか、群馬県よりも入浴頻度は少なかった6)。一方、沖縄においてはその気候環境のせいからか、入浴よりもシャワーが主体であるという報告であった7)。地域によって多少入浴習慣が異なるように思われる興味深い結果が示された。いずれにしても日本では、入浴は必須の日常行為であり、その背景には日本人の“潔癖性”が示唆される事実と思われた。
 そのような折、主に若い女性の目の回りの皮膚炎を数多く経験し、それは目の化粧が日常的になった結果、目の周囲の洗い過ぎ、あるいは石鹸のカス(スカム)のためと想定され、そうした眼周囲の特有な皮膚症状を“眼囲皮膚炎”として報告させていただいた2)。
 もしそのことが事実ならば、秋葉先生のご質問のようにどんな洗浄剤を使用するべきか皮膚科医にとって大切な問題となってくる。
 現在洗浄剤は、石鹸、シンデット、コンビネーションに分類されているが、今回の調査では、石鹸では固形が多く、シンデット、コンビネーションでは液体が多かった。
 一般に、石鹸といえば固形の洗浄剤と考えられているが、これは昔から使われてきたものが石鹸成分でできた固形状のものしかなかったことに由来する。現在では、固形でもシンデット成分のものがあり、また液体状のものでも、石鹸成分で作られているものもあることに注意しなければならない。
 液体石鹸は使いやすいため、急速に一般的になったが、その使用量が多くなる傾向がある。メーカーに問い合わせたところ、ポンプ式で全身の場合でも2押し程度(約6ml)が適量と聞いたので、ぜひ参考にしていただきたい。
 低刺激化技術に関しては、大別して5つの項目に分類された。各社はさまざまなコンセプトで低刺激化を試みていることが理解できた。
 各社製品に共通して、できる限り不必要な成分を除去したり、原料をパッチテストなどで厳選して使用することが行われている。これらは低刺激洗浄料として必要なことであるが、皮膚の洗浄を考えた場合本質的とはいえない。洗浄剤の主たる皮膚への影響は、皮膚乾燥・落屑性変化で、これらが増強することにより皮膚角層のバリアー機能が低下し、直接に表皮細胞への影響が生じてくる8)ことから、やはり洗浄成分である界面活性剤の技術がもっとも重要となってくる。
 界面活性剤に関しては、石鹸成分とシンデット成分に大別される。石鹸成分は昔から使われているが、その低刺激化技術が進歩し、現在脂肪酸組成や対イオンの選択などが行われている。一方、最近では数種の低刺激シンデット成分が開発・使用されているが、これらは皮膚への浸透残留性が石鹸成分に比べてきわめて低い9)。さらに、石鹸成分では回避できない水道水のCa、Mgイオンとの結合で生じる水不溶性のスカムの生成が少なく
10)、その結果皮膚への吸着も少なくなる利点が指摘されている。また角層水分保持因子であるNMFやバリア機能発現のために重要な細胞間脂質の溶出を抑えることが知られている11)。これに加えて洗浄力を調整したり、皮膚表面のみを洗浄するといった選択洗浄を目的として補助的な界面活性剤との複合使用12)も可能となってくる。
 多くの洗浄剤には、添加剤として保湿剤や油剤、その他のエキスなど、スキンケアに使用される成分が配合されていたが、洗浄後にこれらの成分が有効な濃度で皮膚に残留することは困難である。最近の知見からこれら添加剤は、むしろ界面活性剤の洗浄力を緩和し、NMFや細胞間脂質の溶出の抑制に働いていると考えられている13)。
 弱酸性技術は界面活性剤に次いで重要な位置を占めると思われる。最近、アトピー性皮膚炎14)や老人性乾皮症15)、さらには透析患者皮膚15)でも皮膚pHの上昇が指摘されている。皮膚pHの上昇は、皮膚常在菌叢の変化や痒みなどさまざまな悪影響を与えることが知られている。
 さらに奥田ら16)は、洗浄処理後のヘアレスラット背部表皮への洗浄剤の角質細胞間脂質への影響を調べて、pH5、pH7では変化はないが、pH9では変性をみたと報告している。同様にAnanthapadmanabhanら17)は、
pH6.5に比べてpH10では角質層の
protein swellingと lipid rigidityに多大な影響を与えるため、固形石鹸はシンデットに比べてより高い刺激性を有するという報告を最近示している。
 弱酸性化技術はシンデット成分を用いた場合に可能であり、従来の石鹸成分ではpH9から10のアルカリ性のものしか製造できないという弱点を有している。つまり、いままで使いやすく、泡立ちがよく、さらには洗浄力も良好とされた石鹸(固形、液体ともに)でも、一部欠点が内在している事実と思われる(決して固形石鹸を否定するものではない)。強アルカリ性の固形石鹸の長時間の使用や、擦り過ぎる場合、さらには皮膚病変での使用は、従来想定された以上の皮膚への影響があるかもしれない。
 近年、合成界面活性剤は公害の原因として悪の烙印を押されていた。事実そうした過去はあったが、各社はその後、天然素材などを使用するなど、それらの多くの問題を解決してきた18)。そしてシンデットという名称で新たな挑戦を試みている。
 あくまでも私見だが、石鹸の低刺激化のためには界面活性剤の技術開発が最も大切であるが、基剤が弱酸性であることも重要であると思われる。現在発売されている弱酸性洗浄剤を表4に示したが、秋葉先生への一つの回答になるだろうと思っている。
 今後多くの洗剤メーカーは、液体や、弱酸性を含めて、肌にやさしい多くの技術を提供するであろう。それらは好ましい試みである。われわれ皮膚科医は、低刺激化技術は多岐にわたっていることを認識し、さらに何を主眼にすべきものかを認識しつつ、患者さんに適切な指導する必要があると思われる。
 今回のアンケート調査は、私たち医師あるいは医療スタッフにとってきわめて有用であった。今後洗浄剤に限らず、化粧品や保湿剤などでも実地皮膚科医は、これらのコンセプトをある程度理解・修得しつつ、患者さんに適切な情報を与えるべきだと痛感させられた。

注記:今回のアンケート調査にご協力いただいた各社に心から深謝致します。
また今回アンケート調査に積極的に協力してくれた医院スタッフに感謝します。
 なお本論文の要旨は、第67回東部支部学術大会、第7回群馬県看護学会にて報告した。

  文献

1)坂本一民,香粧会誌,21:125,1997
2)服部瑛,皮膚病診療,24:1159,2002
3)秋葉弘,私信,2002年10月
4)服部瑛・田村多繪子,皮膚病診療,21:
360,1999
5)服部瑛・田村多繪子,皮膚病診療,22:
 80,2000
6)西岡清・荒井美奈,皮膚病診療,19:
 1137,1997
7)萩原啓介・野中薫雄,皮膚病診療,21:
 350,1999
8)芋川玄爾,日皮協ジャーナル, 49:92,2003
9)Yoshimura M et al, 17th IFSCC 246,1992
10)製品資料「ベビーセパミド」,ロート製薬株式会社
11)製品資料「キュレル」,花王株式会社
12)製品資料「2e(ドゥーエ)」,マルホ  株式会社
13)石田耕一,Fragrance Journal,臨増,17:
99,2000
14)遠藤薫ほか,日皮会誌,110:19,2000
15)服部瑛,現代皮膚科学体系

16)奥田峰広ほか 日皮会誌,110:2115,
2000
17)Ananthapadmanabhan KP et al,Int
J Cosm Sci,25:103,2003
18)CLEAN AGE,日本石鹸洗浄工業会193:6,
  2003