「これはイボ(疣)なのよ。放っておくとあちこちに増えちゃうの。
ちょっと痛いけど我慢して治療しましょうね」、「嫌だ!ぼく絶対嫌だ!」。
日頃、皮膚科外来診療中にお子供の患者さんとよく交わす会話である。
この場合のイボ(疣)とは正式病名【尋常性疣贅】というウイルス感染で
起こるもので手足の先や足の裏などに出来やすい。もともとお子さんに多い
病気であるが大人でも罹ることがある。長い目で見れば自然治癒もあるが
大体は徐々に増えていくので、治療の対象になる。
治療法はいくつかあるが、現在もっともよく行われているのが冷凍療法、
つまり液体窒素を患部につけてイボを徐々にかさぶた状にしてとっていく
治療法である。イボの部分を凍らせてしまうのだから冷たいのを通り越して痛い。
当然小さいお子さんは泣き出すことが多い。インフォームドコンセントとまでは
いかないがお子さんにだって説明しておくべきだと考えて、いつもやり方を
説明することにしている。痛い治療だと聞くと、中にはけなげにも「いいよ、
我慢できる」と言うお子さんもいるが大体は「嫌だ」と言う。当方としても
それで引き下がる訳にも行かないからとりあえず脅しをかけてみる。
「このイボは放っておくとどんどん増えてイボガエルになっちゃうかも
しれないのよ。それじゃあ嫌でしょ。だから、痛いのを我慢して治療しましょうよ」
と言うことにしていた。
ある日、いつものように「イボガエルになっちゃうわよ」と脅すと「イボガエルって?」
という言葉が返ってきた。「カエルさんの仲間よ、大きくて背中にいぼいぼがあるの。見た
ことない?」というと、一緒に来ていたお兄ちゃんが「ぼく、カエルならテレビで見たよ」
という得意そうな返事に返す言葉を失った。カエルをテレビでしか見たことがないなんて
思いも及ばなかった。「じゃあ、手に乗るくらい小さな緑色のカエル、アマガエルは見た
ことある?」、「それなら道ばたで見たよ」との言葉に一安心。
そういえば、いつの間にか街の中に残っていた原っぱには四角いコンクリートのマン
ションがいくつも建ち並び、小川なども無くなった。草むらが残っているのは公園の隅く
らいだろうか。小さいお子さんのいるような若い家族はどちらかと言うとマンション住ま
いが多いから本物のカエルなんか見たことが無いのも当然だ。そう言えば我が家(前橋市内
の住宅地)の小さな庭に来るものは蝶、とんぼ、セミ、てんとう虫、アマガエル、ミミズ、
蜂、アブ、蚊、かみきりむし、蠅、蜘蛛、カゲロウ、アリ、コオロギ、バッタ、鈴虫、雀、
尾なが鳥などで、池はないからイボガエルや殿様ガエルなどいるはずがない。河原あたり
まで足をのばせばいるかも知れないが−とても自然が遠くなったような気がする。今度か
ら子供さんを説得するのになんて言おうかしら。