いつも近くの買い物は【ママチャリ】ならぬ【ババチャリ(お婆さんが乗るから)】
で出かけるのが私の日常である。自家用車の保有率、女性の運転免許取得率が
日本一多い群馬県人としては珍しく免許を持っていない私だから自転車に頼ら
ざるを得ないのだ。
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その土曜日も何時も通りパン屋さんへ自転車を乗り付けた。
さあ帰ろうと焼き立てパンをバスケットに入れて乗ろうとしたとき、『奥さん
ちょっと!』と呼ばれた。振り向くとパン屋さんの出入り口から同年輩の奥さんが
顔を出して呼んでいた。何事かと戻ると『奥さん、それ私の自転車よ』と言われた。
『えっ、まあ、ごめんなさい、うっかりしていたわ』とどぎまぎして、顔が熱く
なり火照ってきた。「顔から火が出る」ことを実感しながらひた謝りをした。
そばには確かに私の自転車が止まっていた。同じようなえんじ色の自転車だ。
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繰り返し『申し訳ありません』と頭を下げると、その方は『そんなに謝らな
いでくださいよ。良くあることですから。実は私もよその人の自転車に乗って
家まで帰ってしまったことがあるのですよ』とのこと。そう聞いてふと思い出し
たのは2、3ヶ月前のことである。買い物を済ませて帰ろうとしたとき、置いた
はずの自転車がどうしても見つからない。仕方なく重い荷物をぶら下げて徒歩で
帰宅したのだ。多分誰かが間違えて乗って帰られたのかも知れないと思い、1時間
くらい後に再び探しに行ったら、ちゃんと私の自転車が人待ち顔にとまっていた。
きっと間違えたことに気が付いた誰かがまた元の所へ戻されたのだろう、あって
良かったとそれきり忘れていた。
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『もしかすると○○スーパーの駐輪場でしたか?以前そこで買い物をした後
見つからなくて。しばらくしてもう一度見に来たらちゃんとあったので良かった
と思ったんですよ』と言うと、『そうなんですよ、良く見もしないで乗ってしまって
家へ戻ってから気付いたものだからまたこっそり返しておいたんです。もしかすると
奥さんのだったかも知れないわね』
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なるほど2台の自転車は色もデザインもそっくりだ。狭い地域で、誰もが顔見知りの
間柄にあるようなところの商店で買い物をするのだから鍵などかける人はいない。
誰かが欲しがるような高級車でもないし、勿論格好のいいスポーツタイプでも
無いのだから盗まれる心配なんかしたこともなかった。
『それにしても2台はそっくりですね、間違えるのが当たり前かも知れないわ』、
『おまけに二人とも名前も入れてないし』、『これでおあいこと言うことにしましょう』
、『年をとるとうっかりミスが多いからお互いに気をつけましょう』と言って別れた。
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以来、共通の秘密を持つようになったその方とはいつも会釈を交わす間柄に
なった。偶然とはいえ不思議なこともあるものだ。【ママチャリ】ならぬ【ババチャリ】
は私にとって日頃の足となる大切なマイカーである。これからも無くさないようにして、
大いに活用する予定である。