戸隠森林植
【1.木の息吹を聞きたい】
今年の夏休みも家族で野尻湖へ出かけた。ここ15年あまり
我が家では夏休み恒例の行事となっている。『いつも同じとこ
ろに行って飽きないの』と尋く人もいるが、周囲の状況も把握
できるしホテルの従業員の方達とも顔見知りになり心から
くつろげるから通い続けている。仕事や家事から離れて
のんびりする貴重な日々である。滞在中に、毎年欠かさず
出かけるところが「戸隠森林植物園」である。戸隠神社の
奥社に接する70haあまりの面積を有するブナ、ナラ、トチ、
杉、カラマツなどの森である。園内には起伏に富んだ散策路が
粗大な網目状にめぐらされ、上り道・下り道、階段状の道があり、
水芭蕉の群生する湿地帯では木道、せせらぎには小さな橋あり
で変化に富んでいるから何度歩いても飽きることがない。野鳥も
いろいろいるらしく、道の途中には小鳥の水飲み場や、野鳥観察小屋も
作られている。園内は散策路以外の木々、草などは自然の
ままの姿に保たれていて倒木にきのこの生えている様子も
見受けられる。探せば子供達に人気のかぶと虫がいるかも
知れない。散策路をくまなく歩いたら、2−3時間は費やす
だろうが、いつも気の向くまま、足の向くままにあちこちを
1−2時間歩き回ってくる。
植物園の中を歩く時、私は何かしら目的を作って歩くことにして
いる。今年は『木の息吹を聞くこと』だった。以前、「木は常に呼吸をし、
大地から命の水を吸い上げている。木の幹に耳を付けてみるがいい。
木が水を飲んでいる音が聞こえるから」という話を聞いたことを
思い出したからだ。それなら私も今年は木の息づかいを聞かせて
もらおうと決めてきた。森へ踏み込まないように散策路に面して立って
いる樹木を見かける度に幹に耳をつけて水を吸い上げる音が
聞こえないか試してみた。どれもかなりの大木なので、幹に耳を
つけるためには両腕をまわしてちょうど樹木に抱きつくような格好に
ならざるを得ない。おかげで、夫や娘達に『最愛の恋人にでも抱き
ついているの?』とか『セミが木に止まっているみたい』などと
冷やかされてしまった。とにかく、耳を押しつけるのに手ごろな木が
見つかる度に試みた。が、何本試してみても何も聞こえない。
『針葉樹は聞こえないだろう』、『根に近いところへ耳をつけたら』、
『もっとしっかり抱きついて』と冷やかし半分のアドバイスが
外野席からとんでくる。20回くらい試して諦めた。
『今年はだめ、もう止める。来年は聴診器を持って来ることにするわ、
それならきっと聞こえるでしょう』。
周囲はほとんど人の話声もなく最高に静かな環境なのに、
何が悪かったのだろう。来年は忘れず聴診器を持ってきて
元気な樹木たちの息遣いを聞いてみたい。