「異本病草紙」考−その4
高崎市医師会 服部 瑛
国立京都病院 荻野篤彦
11)眼を洗ってもらっている男(図11)
顔の横に大きな耳盥がおいてあり、流れる
薬液を受けるものと思われる。頭巾を被った
老女は、眼病の専門の薬師(くすし)であろ
うか。腹臥位をとったまま、顔を上に向ける
のは相当無理な姿勢と思われる。
前方には布が広げられ、薬と思われる小さ
な袋がいくつか置かれている。
12)顔面に大きなこぶを生じた女(図12)
この柔らかそうな大きなこぶは、現代の病
名でいえばレックリングハウゼン病で、いわ
ゆる神経線維腫であろう。この絵では左の眼
臉が腫瘤に覆われているように見えるが、他
の模本では左眼も描かれており、左頬部の腫
瘤と考えた方が妥当と思われる。恐らく写し
間違えたのであろう。こぶを触っているのは
、いわゆる薬師であろうか。とくに治療法も
ないのでまわりの者は心配そうに手をこまぬ
いて見つめるだけである。
13)両手をついて歩く男(図13)
当時、足が萎え痺れて歩行困難になった病
気を「ひるむ病」といった。また現在の脚気
は「足の気(ケ)」と呼ばれており、そのい
ずれかであろう。手が地面につくためそして
移動しやすくするために、手に足駄を履いて
いるのであろう。
横には困ったような顔をした男とおもしろ
がっているような子供が描かれている。子供
が大工道具を持っていることから大工とその
弟子と思われる。服装などから、この大工は
かなり位の高い大工であったことが推察され
る。
図1(男の死屍をかじる狂女)でも述べたが
、「異本病草紙」では、疾病をもった人を見
る第三者が多く現れており、その表情や仕草
が克明に描かれている。
14)下痢をする女(図14)
当時、下痢をすることを「クソひりの病」
といった。一般人は戸外で垂れ流しが多かっ
たという。また、便の飛び散るのを防ぐため
に、高下駄を履いた。人糞に犬が寄ってくる
絵はよく見られるが、この絵図のように、特
定の場所で便をしていたものと思われる。隣
にいる女も高下駄を履いており、順番を待っ
ているのであろう。犬は、人糞の処理などに
関与していたのかもしれない。
15)疫病よけの文字を書いてもらう女(図15)
僧侶が痩せこけた女の胸に文字を書いて病
気の回復を祈願している場面と思われる。こ
れは、当時の疫病よけのおはらいの一種と考
えられる。通常は経文が書かれたという。