「異本病草紙」考−その8
高崎市医師会 服部 瑛
国立京都病院 荻野篤彦
29)腹部の腸瘻から便が漏れ出る痩せた老
人(図29)
片手に足駄を当てて半身を起こしている老
人の腹部からは便が流れ出ている。傍らの女
は鼻を塞ぎ顔をしかめている。やせた老人は
、下肢が萎えて歩行が困難となっている。腹
部が膨らんでおり、肝硬変あるいは肝臓癌な
どの末期の状態のようである。立って歩けな
いために手に足駄をつけて移動しているので
あろう。
臭い匂いに誘われてきた犬やその側に描か
れた草、そして用便のための高下駄をはいた
女などから、当時この場所は便をする特定の
場所であったと思われる。
30)大食らいする男(図30)
男が得意気にそしておいしそうに椀飯を大
食らいしている。もぐもぐ食べている様子が
よく描かれている。傍らの女は、笑っており
、男は目を見張っている様子である。
食する男は、胃拡張や食欲亢進症かもしれ
ない。あるいは糖尿病で大食らいしているの
かもしれない。しかし、並べられた食事が豪
華なので、何かのお祝いごとでの一場面かも
しれない。
31)象皮病で両下肢が腫脹した女(図31
)
全身をはだけた貴族の女の両下肢が、醜く
腫れ上がっている。難儀な様子を、傍らの女
たちに話している仕種である。しかし如何と
もしがたい状況であろう。
象皮病であろうか。フィラリアの寄生によ
るリンパ浮腫のために皮膚が象の皮膚のよう
に厚く盛り上がってくる病気である。
あるいは腹水もあるようであるから、重症
な静脈瘤による皮膚の変化かもしれない。
32)顔面に巨大な「こぶ」を持つ女(図32)
鼻全体が瘤状に腫れ上がっている貴族の女
が描かれている。手前には、顔を隠す道具(
面帽)らしきものが置かれている。対峙する
女が竹筒のようなものを差し出している。寝
そべって読書する童女の姿から、この場面が
家庭内の出来事であることが分かる。
顔面中央に、大きな腫瘤を生じる疾患は珍
しい。有棘細胞癌などの皮膚癌の一種であろ
うか。巨大な鼻瘤にしては、腫瘤が大き過ぎ
る。口をあけているのは、鼻呼吸が困難なた
めと思われる。滲出液が多いので、面帽を外
して、竹筒のような道具で滲出液をとっても
らっていると考えると理解しやすいように思
われる。